Column

世界の海辺

第4回
アメリカ・フロリダ
マイアミ

矢部 洋一 [ヤベヨウイチ]

1957年11月11日生まれ。海をフィールドとしてヨット、ボートの写真撮影を中心に、国際的に活躍するフォトグラファー。写真だけでなく、記者、編集、翻訳などの仕事を精力的にこなす。
●株式会社 舵社・チーフフォトグラファー
●有限会社 オフィスイレブン代表取締役
●英国王立オーシャンレーシングクラブ誌「シーホース」特約記者

アメリカ本土のほとんどの州が冬の寒さに震えているとき、大西洋とメキシコ湾との間に突き出たフロリダ半島だけは唯一太陽の輝く暖かな気候に恵まれる。たとえば2月の新聞の天気予報を見ると面白い。アメリカの地図が気温に応じて色分けされている。大きな北アメリカ大陸のほとんどは青から紺色、つまり厳しい寒波に覆われているのに、フロリダ半島だけはオレンジから黄色に色がついている。だから、真冬、寒さを逃れ太陽を求めて大勢の人が北の地方からフロリダへとやってくる。

中でも、もっとも人気の高い場所はマイアミからフロリダ・キーズ(キーズ=keysは小さな島やサンゴ礁の連なりという意味)、キーウエストにかけてのフロリダ南部である。都会的な楽しみ方から自然に触れる遊びまで、フロリダ南部にはすべてのメニューが揃っているからだ。

マイアミへは、もう10年以上通っている。舵社というヨットやボートの専門誌を出している老舗の出版社がある。この出版社の仕事で毎年2月に行われる「マイアミ国際ボートショー」を取材に行くのだ。このボートショーの面白さを最初に見つけ出してきたのは、高橋唯美さん(Tadami)という海の世界で広く知られたイラストレーターだった。私は彼のお供として長く取材をご一緒させてもらっている。

ボートショーのメイン会場があるのはマイアミの中でもサウスビーチと呼ばれる地域にある巨大なコンベンションセンターだ。サウスビーチはパステルカラーに彩られたアールデコ調のホテルやレストランが建ち並んでいることで知られている。

ここは現在ではSo-Be(South Beachの略で、マンハッタンのSo-Ho=South of Houston St.を真似ている)と呼ばれ、若者たちが集まるファッショナブルな町になっているが、10年前のサウスビーチは怪しげで危なそうな町だった。

サウスビーチの中心は大西洋に面した砂浜と公園に沿って走るオーシャンドライブという街路である。まだおしゃれではなかった10年前、我々はこの街路沿いに並ぶホテルのひとつに宿を取っていた。

最初にこのホテル街を見て驚いたのは、どこもかしこも老人だらけだったことだ。海と公園を臨んで建ち並ぶホテルには必ずテラスがあって、そこには椅子がいくつも置かれていた。そのすべてが老人たちで埋まり、誰もがじっと身じろぎもせず、ひたすら目の前の風景を見つめていた。

我々が泊まっていたネザーランドという名前の、今はなくなってしまったホテルも、我々以外の宿泊客はほとんどが老人だった。週末にはホテル1階のホールでダンスパーティが開かれるのだが、踊っていたのもすべて老人だった。我々が横を通り過ぎようとすると、「あーら、そこのお若い方々、一緒に踊らない?」などと腰の曲がったおばあちゃんたちに声をかけられたものである。

サウスビーチには全身黒い衣服に身を包んだ年配のユダヤ教徒たちも多くいた。照りつける太陽とパステル色の明るい建物に黒ずくめの服装で歩く人々が、見慣れていない我々にはなんとも不思議な雰囲気に感じられたものだ。

夕方になるとオーシャンドライブには、大きな蛇を首に巻いて歩くビキニの女性(多分)とか、かなり奇抜な服装に身を包んだ男女が出没した。ホテル裏の路地には浮浪者が徘徊し、警察の車は常に町をパトロールしていた。

その町が10年ですっかり様変わりした。ホテルはアールデコの外観はそのままに、しかし中は改装されてどこもきれいになり、ホテル代もずいぶん高くなった。新しいホテルもたくさん建った。そして老人たちはどこかに追われていつの間にかオーシャンドライブから姿を消し、その代わりにおしゃれな若者たちと観光客とが町の主役になった。またゲイの皆さんにとっても休日を過ごすトップランクの場所としてサウスビーチは今や世界的に認められているらしい。

変わらないのは、英語よりもスペイン語のほうが幅を利かせていることか。マイアミにはキューバを初め、中南米やカリブ海諸国からの人の流入、移民が多い。市内にはリトル・ハバナというキューバ人街があって観光名所のひとつにもなっている。

マイアミの海辺の風景で目に留まるのは、水際に建つ家々とその庭先に舫われた、あるいはクレーンで揚げられたさまざまなスタイルのボートである。家の目の前は静かな水路。「今日はボートを降ろしてちょっと夕方の散歩と夕食に出ようか」、なんていう生活がここではまったく珍しくない。

アメリカ的な壮大さを感じさせるのは、インターコースタルウォーターウエイ(ICW)と呼ばれる海の道である。キーウエストに始まり、マイアミを通って終点はなんとバージニア州ノーフォークまで、外洋に出ることなくボートで走ることができるのだ。その距離はなんと約1,200マイル(約2,100キロ)に及ぶ。

マイアミはゲテモノからスーパーリッチまで、雑多なものが寄り集まって特異な面白さを発散する。病みつきになる町である。(つづく

2005年4月14日

写真をクリックすると拡大してご覧になれます

サウスビーチの中心、オーシャンドライブ沿いには、アールデコ調の明るいパステルカラーに彩色されたホテルやレストランが建ち並ぶ

マイアミの人気観光ツアーのひとつは、有名人たちの所有する水辺のマンション(大邸宅)を船で巡るというものだ。あれは元アル・カポネの屋敷で、最近はグロリア・エステファンが持っていたなどなど、ガイドが説明してくれる。ミーハーだが面白い

マイアミは、もとは湿地帯だったところを埋め立てて作った町だ。インターコースタルウォーターウエイを幹にして縦横に水路が走り、水際には家が建ち並ぶ。そしてほとんどの家々にはボートが備わる。ボート天国と言われる所以である

オーシャンドライブが本当に活気づくのは日が暮れてから。おしゃれな町としてすっかり様変わりしたこの地域、週末は道路も歩道も車と人でごった返す

マイアミから車で北へ40分ほど行くと、フォート・ローダデールという大きな港町に着く。ここはボート、とりわけ大型の超豪華ヨットの聖地のひとつでもある。写真の上側は大西洋、左下がインターコースタルウォーターウエイだ

ガルフストリームが沖に流れるフロリダ南部は、カジキなどを狙うスポーツフィッシングが盛んだ。大きめのマリーナに行けば、大物釣り用の重装備を施した戦闘的なパワーボートが居並ぶ壮観な風景を見ることができる