Column

世界の海辺

第14回
アドリア海クロアチアへの旅
その1

矢部 洋一 [ヤベヨウイチ]

1957年11月11日生まれ。海をフィールドとしてヨット、ボートの写真撮影を中心に、国際的に活躍するフォトグラファー。写真だけでなく、記者、編集、翻訳などの仕事を精力的にこなす。
●株式会社 舵社・チーフフォトグラファー
●有限会社 オフィスイレブン代表取締役
●英国王立オーシャンレーシングクラブ誌「シーホース」特約記者

アドリア海という名前の響きは、エーゲ海とともにどこかロマンチックで、イメージの中に深く濃い青色を連想させる。宮崎駿監督がアニメ「紅の豚」の舞台としてインスピレーションを得たのもアドリア海であった。古い水上飛行機が、とある島の海に口をあけた狭い洞窟をくぐり抜ける。するとそこには白い砂浜のある小さな空間が開けていて、主人公の秘密の隠れ家がある。あれは本当にわくわくする映画だった。

アドリア海に接しているのは、国でいえばイタリアとクロアチア、モンテネグロ、アルバニア。つまりバルカン半島の西側とイタリア半島の東側に囲まれた細長いがアドリア海である。東西の人と物が古くからこの海を通り交流した。水の都として知られるイタリアのベネチア(ベニス)は、アドリア海のもっとも奥(北)に位置している。

地図を見ると一目瞭然だが、アドリア海の海岸線は西(イタリア側)と東(バルカン側)ではずいぶんと異なっている。やや単調な西側の海岸線に対して、バルカン半島側のそれは複雑で変化に富んでおり、島も多い。バルカン半島側で近年観光客にとりわけ人気の高い国といえば、なんといってもクロアチアだ。

クロアチアの海岸線は美しい。1千を超えるという大小の島礁が浮かび、地中海性の温暖な気候に恵まれて、丘の斜面には葡萄やオリーブの畑が連なる。西ヨーロッパと東ヨーロッパ、オリエント世界を結ぶアドリア海の「海の道」、その歴史を留める遺産も多く残されている。クロアチアにはユネスコ世界遺産に登録されている文化遺産が6ヵ所あるが、そのうちの5ヵ所は港町にあるのだ。

日本からの観光客も大幅に増えているらしい。一昨年から昨年(2008年)の日本人客数の伸び率は60パーセントを超えたと聞いた。

昨年6月、私も雑誌の取材で初めてこの国を訪れる機会を得た。旅をしたのは、ダルマチア地方と呼ばれる、クロアチア海岸線の南半分の地域だった。約2週間の旅、最初の1週間は車で、次の一週間はヨットで各地を巡り歩いた。そしてすっかりこの地の魅力にまいってしまった。ポイントは、出会った土地の人々の人情の温かさと食の良さ、さらに船の遊びを楽しくしてくれる泊地や港の設備の良さにある。

今回から数回にわたって、クロアチアのダルマチア地方海辺旅をご紹介させていただきたい。

2009年02月05日

地図

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昨年6月、ダルマチア地方の取材旅は、クロアチアでもっとも人気の高い観光地、ドブロブニクから始まった。城壁に囲まれたこの町の旧市街は世界遺産になっている。ドブロブニクは独立した共和国として15~17世紀に最盛期を誇った歴史を持つ。当時、力の源になったのは、優れた商船団を擁しての海運と造船だった

世界遺産のドブロブニク旧市街を、遊歩道となっている城壁の上から望む

港を守る砲台あとでおしゃべりに興じる学生たち。クロアチアはつい15年ほど前まで独立を勝ち取るための苦しい戦争の渦中にあった。しかし今ではその過酷な記憶も、つかの間の旅人にはまったく窺えないほどに、人々の笑顔は明るくやさしい

城砦を利用して作られたドブロブニク海洋博物館。独立共和国時代の国際的海運国としての栄光の跡がぎっしりと詰まっている

城壁の外側では、このような気持ちの良さそうなカフェが営業している

ダルマチアの女性が手縫いで仕上げる美しい刺繍はみやげ物として人気が高い

ドブロブニク共和国では、13世紀にはすでに海事関係の法令や保険制度が定められ運用されていた。これは古文書館に保管されている当時の法令書

旧市街をつらぬく大通りからはいくつもの細い路地が伸びていて、レストランやバーが軒を連ねる

ダルマチア地方の食はイタリア料理の影響を強く受けている。特に新鮮な野菜と魚介類を使った料理は本家イタリアをしのぐほどで、夏のシーズンにはイタリア人たちがアドリア海を渡ってダルマチア料理を堪能しにやって来るという。写真はガーリック風味の牡蠣のグラタン