Column

世界の海辺

第19回
住みたい土地は? そして米国西海岸
ワシントン州ピュージェット・サウンド その2

矢部 洋一 [ヤベヨウイチ]

1957年11月11日生まれ。海をフィールドとしてヨット、ボートの写真撮影を中心に、国際的に活躍するフォトグラファー。写真だけでなく、記者、編集、翻訳などの仕事を精力的にこなす。
●株式会社 舵社・チーフフォトグラファー
●有限会社 オフィスイレブン代表取締役
●英国王立オーシャンレーシングクラブ誌「シーホース」特約記者

米国ワシントン州の中心都市シアトルのある湾、ピュージェット湾は南に向かって奥深く、複雑に入り組んだ地形をしている。大小の入り江が無数にあって、静かで緑豊かなその入り江の奥には、ヨットや漁船が数多く浮かぶマリーナがあり、落ち着きのある住宅が水際に面して緑の中に建ち並んでいる。どの入り江も美しく穏やかなたたずまいを見せているが、中でも指折りのひとつがここにご紹介するギグハーバーという小湾だ。

ページの下にあるグーグルの衛星写真で、タコマの左斜め上にギグハーバーという地名があるのを見つけていただきたい。タコマは大きな港町で、シアトルの空の玄関口でもあるが、その大都市のすぐそばにありながら、街の喧騒とは無縁の空間が開けている。縮尺をどんどん拡大してみると、南東に開けたその小湾の様子がよく分かる。周囲を丘に囲まれた安全で静かな泊地。ハーバーの奥から湾口を望むと、正面彼方には標高4392メートルの名峰、雪をいただくレーニア山がそびえている。

ギグハーバーを知ったのは、ここに工房を構えるボートビルダーを訪ねたときだった。ビルダーの名前は、「ギグハーバー・ボートワークス」という。全長8フィートから17フィートまでの、実に姿の良い小舟を製作している。たとえば、そのラインナップのひとつに17フィート・ジャージースキフというのがある。19世紀の半ばにデザインされ、高波の中での遭難救助や浚渫作業などに用いられていたという舟を現代によみがえらせて、安心感の高い遊び舟に仕上げた。漕いでよし、帆を上げて走ってよし、あるいは電動モーターで走ってもよし。この会社(工房)の社長であり、また船のデザイナーでもあるデビッド・ロバートソン氏は、ものづくりの大好きな創造力に富んだ人で、伝統を生かしながら自分の新しいアイデアを舟に注ぎ込んでいる。船を漕ぐ際に使うスライディングシートには彼の考案した独自のシステムが用いられているが、その優れた機構が評価されて、漕艇競技の選手たちにも愛用されているという。

ギグハーバー・ボートワークス社の工房は、ギグハーバーの海際からなだらかな丘を上った森の中にある。広い敷地の中、丘の上の方に自宅、下ったところに平屋の工房とガレージがあって、工房ではロバートソン氏と、彼の2人の娘婿が3人仲良く楽しそうに働いている。興味のある方は、彼らのウェブサイトhttp://www.ghboats.com/ をぜひ見ていただきたい。きっと舟が欲しくなってしまうに違いない。

ロバートソン氏が自分でレストアした1932年製のシボレーに乗り込み、港で人気の食堂へ出かけた。湾に面した木造のテラスで、レーニア山とハーバーに舫いを取るさまざまな種類の船を眺めながらほおばるアツアツほくほくのフィッシュ&チップスはまた格別だ。ちなみに、ギグハーバーの「ギグ(Gig)」という単語にはいろいろな意味があるが、この場合は船に搭載する船長用の小型ボートというのが、地名の由来らしい。

2009年12月28日


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ギグハーバーの水際に建つ食堂のテラスから、レーニア山を望む

ギグハーバーの湾内で、ギグハーバー・ボートワークスが造る舟を走らせる

同じく湾内水辺の風景

ハーバー内には鮭漁用の中型の漁船が数多く見られる

ギグハーバー・ボートワークスの工房

工房の中はこのような感じ。仕掛かり中の舟のほか、社長の趣味でアーチェリー用の弓と矢なども造っている

美しい曲線が魅力的な舟たち

ロバートソン氏が奥さんのためにレストアしたシボレー1932年製。エンジンはチューンナップされた大馬力の別物が載せられている