Column

世界の海辺

第20回
フランス領ポリネシア
マルケサス諸島 その1

矢部 洋一 [ヤベヨウイチ]

1957年11月11日生まれ。海をフィールドとしてヨット、ボートの写真撮影を中心に、国際的に活躍するフォトグラファー。写真だけでなく、記者、編集、翻訳などの仕事を精力的にこなす。
●株式会社 舵社・チーフフォトグラファー
●有限会社 オフィスイレブン代表取締役
●英国王立オーシャンレーシングクラブ誌「シーホース」特約記者

前回のシアトル以降、ずいぶんと間があいてしまいましたこと、深くお詫びいたします。

さて、この間にも多くの旅をしていたのだが、その中でこれぞとっておき!という場所を今回から数回に分けてお知らせしたい。
それは、フランス領ポリネシアに属するマルケサス諸島だ。フランス語風に読むと、マルキーズ諸島となる。

フランス領ポリネシアでもっとも有名な島は、タヒチ島あるいはボラボラ島だろう。日本では新婚旅行のメッカとして人気が高い。この「世界の海辺」の中でも、第6回と7回に、ボラボラ島周辺の島々を巡る「ティア・モアナ」という豪華な小型旅客ヨットの旅をご紹介した。ちなみに「ティア・モアナ」は、現在、一般向けの定期クルーズを停止してしまい、プライベートのチャーターだけを行なっていると聞いた。豪華な船だけにクルーズの値段も高かった。おそらく欧米の不況の影響を受けてのことなのだろう。

マルケサス諸島は、タヒチ島から北東に向かって、およそ1500キロメートルも離れたところにある南太平洋の諸島だ。緯度では南緯7度50分から10度35分の間に広がっている。交通の便はまことに悪い。今でこそ、タヒチ島とマルケサス諸島の主要な島々を結ぶ飛行機の路線が開かれているが、それは地元の人たちの移動を主たる目的としたもので、観光用ではない。あとは、タヒチ島から船ということになるが、なにせ1500キロもあるから、行くだけでも3日がかりになる。観光船などはもちろん運航していない。
この距離と不便さが幸いしている。開発の手は最小限に止められ、客の数は限られる。おかげでマルケサス諸島には、生き生きとして力強い南太平洋の自然が残っているのだ。

南太平洋の島々をヨットで気ままに巡っている人たちに話を聞くと、「絶対にマルケサスに行くべきだよ。海が違う、島の自然が違う。ボラボラ島? ぜーんぜん比べものにもならないね」という答えが返ってくる。

タヒチを目指したフランスの画家、ゴーギャンが晩年の数年間を暮らし、亡くなった地もマルケサスだった。
では、観光客としては、どうやってマルケサス諸島へ行くのが良いか。ひとつ答えがある。「アラヌイ3」という名前の貨客船が定期運航をしているのである。貨客船、つまり、半分は貨物船、半分は客船という船で、第一の役目はタヒチ島とマルケサス諸島を結んで、物資を運ぶことだ。これにお客が乗っかる。貨客船というと、人は二の次で、船室も粗末と思われるかもしれないが、「アラヌイ3」は違う。立派な客船並みの船室を備え、レストランやバーやプールもあって、まことに居心地が良いのだ。では、次回から、「アラヌイ3」のマルケサス諸島への旅へと参りましょう。(つづく

2010年10月18日

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「アラヌイ3」に乗船するため、まずタヒチ島へ。タヒチ島の南の、とある入り江で、伝統的なポリネシアの双胴船が建造されているのに出会った。彼らはこの船で中国に渡り、上海万博に参加する計画だったが、結局実現はされなかったとあとから聞いた

「アラヌイ3」の航海はタヒチ島パペエテ港から始まるのだが、私はスケジュールの都合で最初の3日間、約1500kmの航海には乗れず、タヒチから飛行機でマルケサス諸島最大の島、ヌクヒバ島へと向かい、船に合流した。この写真は、ヌクヒバ島の小さな空港から島の反対側の港へ行く途中の風景。緑の原野が広がる

ヌクヒバの空港から港まで車で送ってくれたドライバーのマルセル。作家の北方謙三さんに風貌がちょっと似ている。手にしているのは、「食ってみな」といって道端の木からもいでくれたゴヤヴェというフルーツ。種が多く、苦酸っぱい味がした

これもヌクヒバ空港から港への途中で撮った島の深い入り江の風景。写真の左は川に、右は海へとつながっている。この地名は、タイ・ピ・ヴァイ。タイは海、ピは出会う、ヴァイは水の意で、すなわち海が水に出会う地だとマルセルに教えられた。すてきな地名だなあ

空港からマルセルの車に一緒に乗り合ったヌクヒバ島の女性。うちに寄って行きなさいよ、と誘われ家族に紹介された。彼女は乗馬の先生をしていて、島の真ん中、ちょうど上の写真2の原野で教室をやっていると言った

乗馬の先生をしている女性の父親は、ティキと呼ばれる石像を彫る、島のアーティスト。自宅の庭に工房があり、斧をふるって仕事をする様子を見せてくれた

マルケサス諸島で驚かされることのひとつは、地元の人々の多くが最新型でぴっかぴかの4WD車を乗りまわしていることだ。フランスからの援助によって、新車を安く買うことができるらしい。ひと昔前まで誰もが愛用していたというスズキの車がオブジェのように残されていた

他のポリネシアの島々と同様に、マルケサス諸島も躍動的で魅惑的な歌と踊りに溢れている。ウクレレの形が独特で、なかなか味のある音が出る

空港から車で走ること約*時間、ようやくヌクヒバ島の表玄関、タイオハエの港に到着した。湾の向こう側に停泊している白い大きな船が貨客船「アラヌイ3」。いよいよ乗船だ。湾にはクルージング中のヨットも多く見られる